ろくべん館だより

「伝承されてきた文化・技術を残したい」2005年06月16日

おじいま達の話の中に、「おらが麻を作りに上って行った時に・・・」とか「おやじは板へぎをやっていた・・・」とか、杣仕事や炭焼きの話、馬や牛の話など、今では村の風景から消えてしまった事柄が出てきます。
かつての村はどんな暮らしをしていたのでしょう。
「昔ながら」のものが、日本国中からみたら、大鹿にはまだまだ残っています。実際には残っていなくても、年配の方たちの記憶の中に残っているものもあります。今だったら記録できることを、できる限り残しておきたいとろくべん館では考えています。
聞き取った話を文章として残す昔話ライブラリーや、手仕事の技術や祭り、祭事にかかわる芸能などをビデオにおさめて、視聴覚ライブラリーとして残したらどうだろうと考えています。それらが、未来の人たちが過去を振り返ったときに、きっと役立つ時がくるはずです。

ろくべん館を拠点に、機織りの技術の伝承を目的に活動している「織り姫工房」では、5月に「からむし」の栽培を始めました。「からむし」は苧麻(ちょま)とも呼ばれる麻の一種です。新潟や沖縄などでは、上布と呼ばれる高価な夏の着物の布が、このからむしから織られています。
大鹿村でも、このからむしの丈夫な繊維を使って、藤布と同じように米を入れる袋を織って作ったという話を聞きました。またこの繊維を綯って作った縄はとても丈夫で、機の部品としても使われています。
このからむしを、村の中でずっと栽培し続けてきた家がありました。何年か前から、秋に収穫したものを分けて下さって、竹のヘラを使った繊維の取り方を教えていただいています。今年は自分たちでも栽培してみようと、新しい試みをしてみました。
からむしに限らず、藤、葛、アカソなども自然繊維として利用されてきました。かつてそれらを採取して繊維を取ったり、布を織ったという話をご存知の方がありましたら、ぜひ教えてください。以前、釜沢の古老に藤を取ってきて繊維を得た話を聞いたのですが、その時は記録することなど念頭になく、その方もすでに亡くなってしまい、悔やむことしきりです。

先に公民館報で呼びかけてみました「わら細工」は、これから農繁期に向かう時期だったせいか(?)問い合わせの数はわずかでした。やはり昔から農閑期にやることなのだなと実感。また秋に呼びかけてみたいと思います。この技術も、伝承して行けたらいいなと考えています。ぜひ若い世代の参加をお願いします。


「ん?謎の城!」2005年06月16日

「下伊那史 第1巻」の付録に飯田・下伊那の遺跡分布図がついている。その中の中近世・城跡・遺跡の地図を見ていたら、大鹿村の中に城跡が8つ載っていた。皆さんも御存知の駿木城・大島城・堀田城・松平城・大河原城・青木城、それに御所平、これで7つ。
あともう1つ。「えぇ、天狗森城?」と思わず声に出してしまった。聞いたことのない名前。その後、村の諸先輩方に聞いてみたのだが、どなたも首をかしげている。
ところが、これも村外の情報なのだが、「愛知中世城郭研究会」という愛知県のグループの調査報告の中に「中央構造線(旧秋葉道)沿いの城」の1つとして、この天狗森城が載っている。現地で調査した地形図まで描かれている。その内容は、「鹿塩中学校東の、両側を沢に挟まれた尾根上を雛壇上に削平した縄張りの城である。背後に堀切はないが、曲輪間の切岸はしっかりしており、城道も沢に面した北側に一貫して通じている。主郭と考えられる最上段の曲輪には神社跡と思われる残骸がみられる。その城主、城歴等は不明である。」とある。 村誌にも出てこないこのお城、どなたか何か御存知ないだろうか?果たして本当にこの城は存在したのだろうか?存在したとしたら、村に伝わっていないのは何故なのだろう?
と、謎は尽きないのである。