ろくべん館だより

『昔話の真相』


「かっぱ」の話をしようか。 
昔、上青木の中沢付近の青木川の淵には、一匹のかっぱがすんでいた。このかっぱは、近所のある農家へよく手伝いにやって来たので、その家では身代がしだいに良くなり裕福になった。いつもその家ではかっぱが手伝いに来ると、麦飯を食べさせた。するとかっぱは「麦飯は好きだが、たで味噌はきらいだ」と言った。たで味噌は、たでの葉を入れて作った辛い味噌である。あるとき何心なく、たで味噌を入れて作った麦飯を食べさせたところ、翌日かっぱが来ないので河原へ行って見ると、かっぱは血を吐いて死んでいた。それ以後、青木川にかっぱはすまないようになり、またその家の身代はだんだん元のようになっていった。(大鹿村誌下巻より)


 次はこれ。
 天文三年(一五三四)九月下旬に、二〇歳ばかりの男がどこからかやってきた。男は家来と一緒に麦代を耕した。食べ物の好き嫌いはなく、とりわけ麦飯を好んで食べた。あるとき、たでの冷汁がでると男はこの汁はにおいが悪いと不機嫌になり、どこかへ帰ってしまった。次の年の九月、男はまたどこかからやってきて麦代を耕した。翌年の九月までは毎日来たが、それ以後十二月二十日までは二日三日おきに来て働いた。ところが、家来に悪意を持つ者があって、十二月二十日の夕飯の汁にたでの穂を入れて男に食べさせた。すると一口飲むと、ワッといってかけだし血をはきながら北の輪(淵)へ飛び込み、それっきり戻ってこなかった。この男が来ていた間は、客があるときには客の人数より一匹多く魚が釜のふたの上に置いてあって喜んでいたが、男が来なくなった今年はそういうことはなくなった。魚もあの者の志だとわかったが、残念なことである。これを話すと同席した者が、六代以前の応永年間(一三九四―一三九八)に我が家にもそれとまったく同じことがあったと話した、というのである。(天龍村坂部に伝わる「熊谷家伝記」より)


 この二つの話はずいぶんと似ている。後者は、青木川のかっぱの話の原型ともいえるような出来事を記している。ヨソからやってきた旅人が、旅の途中でムラに定着することもあったのだろう。しかし住むといっても、簡単にムラ内に入れてもらえるものでもない。それには水辺は旅人が住むには打ってつけの場所だったに相違ない。しばらくそこに住むうちに、ムラビトとの交流が始まる。忙しい農家の手助けをするかわりに、食事を提供してもらうという「頼り合い」が展開されるようになる。


 ところが故意か偶然か、この旅人にとっていたたまれない事態が起こる。村人と旅人の間に何が原因であったにしろ、いさかいが生じることも容易に想像できる。その際、両者の関係性はけして平等ではない。圧倒的に旅人は不利である。たいていの場合、旅人はそこを立ち去ることになるか、そこで命を落とすことで話は終わる。
 これに類似する昔話は多く、それらを伝達する人々によって、各地に運ばれて行ったに違いない。物売り、旅芸人、瞽女、行商人などなど、他国の便りや言い伝えを残して去来したのだろう。それらの話が、いつの間にか土地に定着し、地名や登場人物が少しずつ変化したり、複数の話がミックスされたりして、今に伝わっていると思われる。


 遅まきながら、ここから本題に入ろう。
  「大池の膳椀」の話をご存知だろうか。


 昔客寄せのあるとき、その前夜大池の端に立って、何人分の膳椀が必要だから貸してくださいと頼んでおき、翌朝行ってみると池の端には朱塗りの膳椀がちゃんとそろっており、用が済むと礼をいって元のところへ返し、村の人たちは冠婚葬祭など人寄せのときはこれを利用していたが、あるとき借りてきたお椀を過って一つ壊してしまい返すことができずそのままにしておいたところ、その後いくら頼んでも貸してくれないようになったと伝えられている。(大鹿村誌下巻より)


 この話もまた、村人と村の外に住むものとの交流の顛末を語っている。 膳椀に関する昔話も各地に多く残されていて、膳椀を貸してくれる主は、土地によってかっぱだったり川の淵に棲む主だったりと変化しているが、おそらく共通して言えるのは、膳椀の持ち主が農民とは生活形態を異にし、しかも膳椀を作る技術を有する人たち、つまり木地師たちだったのではないかと想像されることである。
この物語もかっぱの話と同様、村人の裏切りによって、膳椀の持ち主は村人の前に固く門を閉ざしたものか、あるいはこの土地から立ち去ったものと考えられる。たとえ村人と友好的な関係が築かれたとしても、いったんトラブルが生じた時には、ヨソモノはしょせんヨソモノとして扱われることで決着を見たのだろう。悲しい結末である。


 今年五月に鹿塩にある塩泉院の檀家の方々から、それまで寺に保管されていた「大池の膳椀」がろくべん館に寄贈された。昔話の中の題材が、目の前に出現したのである。
  こうなると物語は俄然現実味を帯びてくる。さあて、この膳椀には一体どんな真相が隠されているのだろう。あなたなら「昔男ありけり・・・」で始まる物語を、どんなふうに書き続けるだろうか。