ろくべん館だより

『只今藤布貸出中』


 とタイトルに記したように、現在ろくべん館の展示品の中から「藤布」と藤からとった繊維に撚りをかけた「藤糸」が、安曇野市にある国営アルプスあずみの公園の企画展用に貸し出されている。
 国営アルプスあずみの公園では10月7日〜11月5日まで『草木の布展』と題された企画展が催されている。麻・科布・木綿・芭蕉布など、いろいろな植物から作られた繊維や布ばかりを集めた展示の中に、大鹿村の藤布で作られた袋も出品されている。県内の草木布ばかりでなく国内外から展示品が集められているそうだが、やはり興味をそそられるのは古くから信濃の国で生産されていたであろう、麻やシナの木やカラムシやアカソやイラクサといった草木の繊維から作られた布である。
 大鹿村では藤の他にカラムシ・麻・アカソ・桑・楮などが、昔から繊維をとる植物として利用されていたようだ。これらの繊維は丈夫であるため、主に米や豆・雑穀類を入れる袋に作られた。その昔これらの植物から繊維を取って布にしようと、最初にひらめいた人はすごい。おそらく長い時間をかけての試行錯誤の繰り返しの末に、生み出された技術であったと思われる。
 藤布一つをとってみても、その製作工程はかなり根気のいる仕事となる。四〜五月頃藤蔓が水を吸い上げるようになると採取の時期となる。その時期に採ると皮が剥ぎ安いのだそうだ。先ず刈り取った蔓を叩いて、その割れ目に手をかけ皮を芯から剥ぎ取る。今度はその皮から外皮の茶色く固い部分を取り除き、中皮の白っぽい部分だけを残す。そうして取り出した物をアラソというが、そのアラソを細かく裂いて束にまとめ陰干しにして乾かす。乾燥させた状態で保存しておき、次の工程は農繁期の終わる時期までおいて置く。
 保存しておいたアラソに灰を十分にまぶし、湯の沸いた大鍋に入れさらに灰を入念に振りかけて煮る。これを灰汁炊き(あくだき)という。灰汁炊きによって藤の繊維はやわらかくなる。そうして煮上がったアラソを川に持って行って洗い、さらにコキバシを使って余分な物を取り除ききれいにする。そうしてしごいたアラソをコキソといい、これを今度は米糠を入れた湯の中に数分間浸し軽く揉む。そうすることで米糠の油分が藤の繊維に入り、糸の滑りがよくなり、後の作業がしやすくなる。これをのし入れというが、灰汁炊きからのし入れまでが一日仕事だったそうである。
 のし入れが終ると今度は夜なべの藤績み(ふじうみ)である。藤の繊維を細かく割き撚りつないでいく作業で、熟練した人の手でも一日に績める糸は十匁(三七・五グラム)で、一反の布を織るには四百匁(一.五キログラム)の糸が必要となり、それを作るには少なくとも一カ月半ぐらいかかるそうである。そうして出来た糸に今度は糸車で撚りをかけ、それからやっと機織りの工程へと進む。
 こうして織られた布は米や穀類を入れる袋となったが、丈夫なだけでなく美しかった。忙しい農作業や山仕事の合間に、疲れた体に鞭打って作り出された布は素朴さとたくましさを持っている。山が提供してくれる豊かな材料を活用するには、手間を惜しまないことが必要であった。そうして山村の生活は続けられてきたのである。
 このように蓄えられて来た経験と技術は、一度絶えてしまったら復元は困難なものになる。今でこそいくらでも簡単に衣類も生活用品も手に入る世の中だが、いつまでもこの豊かさが続く保証はない。その時になってかつての技術を引っ張り出そうとしても、なかなかどうして簡単には知恵は戻ってこないのである。何らかの理由で石油の供給が途絶えた未来世界を想像すると、かつての山村の生活ほど豊かなものはないように思えてくるのだが・・・・・