ろくべん館だより

『ろくべん館の亡霊』


 『亡霊』とはまたおどろおどろしいタイトルなのだが、先日館を訪れた方にこういう質問をされた。
 「ここは、誰もいないのによく物音がしたりしませんか。」
 「ああ、しますよ、よく。」ちょっとドキッとした。
そうなのである。大きな音がすることもあるし、ゴソゴソと気づかないくらいの音がすることもある。きっと屋根に使われている金属が温度の変化で伸縮する時に、屋根が鳴るのだろうとか、建物の中にねずみがいるのかなくらいに思って、慣れてしまうとさほど気にすることもなくなっていたのだが、館に勤め始めた頃は大小の物音によくビクッとしたことを思い出した。
 質問された方の顔を見ると、さも「そうでしょう。」と言いたげな表情。
 「オカルトですか。」と聞いてみると、肯きながら「ここには古い物がたくさんあるでしょう。古い物にはよく憑いているんですよ。」
 「えー、そうなんですか。」と口には出したが、腹の中では「やっぱりね。」の気持ちである。


 確かにろくべん館に展示してあるものは古いものばかり。私が由来を知っている展示品はごく僅かだが、それでもそれを作った人あるいは使っていた人の思いというのは、これまでも十分に感じていた。
 例えばKさんのお母さんが織ったという着物だが、「これは私が十九の厄流しの時に母が作ってくれた」という話を聞いた。そういう話を聞くと、まず娘さんに対するお母さんの心持ちが伝わってくる。そして忙しい養蚕の仕事が一心地ついた時、出荷する繭の中から取り分けておいた自家用の繭から糸を紡ぎ、機に乗せ、織り上げた手間と時間とに驚嘆する。一枚の着物にも思いが込められている。
 展示品の多くは生活の中で使われてきた道具である。人の手に握られていた部分には汗が滲み込んでいる。道具の数々を見ていると、「楽しかったことなんか、なあんもない。つらかったことばかりだ。」という声が聞えてきそうな気がして、山村の生活の厳しさが伝わってくる。
 かと思えば、芝居に狂った往年の青年たちの姿が思い浮かぶ展示品もある。旅館の看板もあれば、仏像を祀っていた厨子も、火事を報せた半鐘もある。それこそ悲喜こもごものろくべん館展示物なのだ。霊は見えなくても、一つ一つの展示品の重みや、その背景にある歴史や出来事や、それに関わる人々に思いをめぐらすことはこれまでもしばしばあった。でも嫌な感じを受けるものなんて、そんなにあるもんじゃない。知らないというのは暢気なものなのである。


 「こんなことを聞くと、気味が悪いでしょう。」と考えをめぐらす私に件のオカルト氏が聞いた。
 「いいえ、これまでのところ、そんな気味の悪い経験はしてませんから。何か見えますか。」
 「はい。でも放っておいてもだいじょうぶでしょう。悪さはしないと思いますから。」
 もう少しオカルト氏に時間の余裕があったなら、それぞれ古い物にどんな霊が憑いているのか、もっと聞いてみたかったなと思いながら、その背中を見送ったのであった。