ろくべん館だより

『手仕事のなごり』


 駒ヶ根市の公民館報を送ってくれる方があって、こんな記事を目にする機会があった。
 駒ヶ根市中沢公民館の文化団体の一つとして活動する、「機おりクラブ」の講師お二人へのインタビュー記事だった。お二人は八十七歳と八十四歳のおばあちゃんである。


   昭和十三年から七年間群馬県の桐生で働いて、家に戻りました。工場では織る仕事はしていたが準備作業はした経験がなく、家に帰った時には既に母親がおらず、自分で織り作業を全部せざるをえず、きょうだいの物まで織って着せました。必要に迫られて全てを覚えました。しかし、このことが将来何か役立つことがあればいいなあと楽しみにしていましたが、まさかこのような形でやれるとは思いませんでした。
 機織りをするためには段取りから織るまで頭で考え、指から足まで動かすのでかなりの全身運動になります。
 織るのは全くのマイペースでできます。自宅で雨が降って外のことが出来ない時とか、洗濯機が回っている間の時間がもったいないのでその時間を利用したり、好きな時にできるとこまでやっているので、おかげで退屈する時間なんかないですよ。  クラブの皆さんに私たちがお子守りをしてもらっている位です。
 別にこれだけやらなければということもなく楽しみにやっています。


 とこんなふうに話している。
 記事には写真も添えられていて、「あすびかけ」という糸綜絖をかける作業を、老若二人で対面して行っている。写真の中の二人は、おそらく軽い会話を楽しみながら手を動かしているに違いない。こんな時の話題はたいてい、季節の移り変わりや料理の作り方といった身近な話題が多いのだが、必ずといっていいほど語られるのはおばあちゃんたちの苦労話ではなかろうか。
 いろいろと苦労の多かった時代を経てこられたお年寄りから、若いひとたちが学べることはたくさんある。そんなものまで自分で工夫して作っていたのかと、感心することもしばしばである。その苦労を苦労としてではなく、この中沢のおばあちゃんたちのように、たしかに苦労はしたが、習得した技術を楽しみとして伝えることだってできるのだ。
 手を使う技術は、年々失われてきた。たしかに今は必要とされない技術だから、衰退して行く。それに代わる楽で効率の良い機械があらわれ、自動化が進んだ。そして自分で作らなくても、お金を出せばたいていの物が手に入る社会に変わった。世の中はどんどん便利になる一方だった。
 しかし、「不便」の楽しみというのもあるのじゃないだろうか。お金を出せば、簡単に手に入るものでも、自分で作ることの楽しさ、出来上がった時の充足感、出来たものへの愛着は、お金では買えない。そして技術や知恵を伝える側と受け継ぐ側の、世代を超えた交流がそこには自然と発生する。
 どうだろう、少し時間をさかのぼってみるのは。少しだけ「不便」を暮らしに取り入れてみるのは。めんどうだと思うことでも、時間をかけてていねいにやることで、暮らしの質を向上させることだってできると思うのだ。
   先の不安がぬぐえない時代に、世の中は突入している。少しでも生活する力を養うことを、今のうちから準備するに越したことはない。村には幸いなことに、困難な時代を自力で生き抜いてこられた先生たちがたくさんいるのだ。


 今日はちょうど宅配の荷物で、養蚕に使われていた上簇器が届いた。先に館を訪ねられた飯田の方から、うちにある使われなくなった古いものを送ってもいいかと、問い合わせがあったのだ。一生懸命に養蚕に励んでいた時代のなごりを、捨てられずにいたのだろう。その家の歴史や思いのこもった古い道具を受け取り、じんわりとうれしくなった。こんなものは役に立たないと思う一方で、昔の手仕事を大切に思う心は今でもお年寄りの中に生きているのだ。