ろくべん館だより

『山に生かされた日々』


 先日、『越後奥三面(えちごおくみおもて)―山に生かされた日々』というドキュメンタリーを上映した。
 ちょうど、東北を巨大な地震と津波が襲った翌日のことである。上映会自体やるかどうかで迷ったのだが、中止を前もって伝える時間的余裕もなく、電話での問い合わせも何本かあり、観たいという複数の声に上映を決めた。当日は二十名ほどの人が集まった。


 映画の内容をかいつまんで紹介しよう。
 新潟県の北部、山形県との境にある、朝日連峰のふところ深くに位置する奥三面。平家の落人伝説をもち、縄文遺跡も残る歴史の古い山村である。奥三面の人々は山地を生活の基盤とし、その恵みを受けて暮らし続けてきた。かれらが先祖代々いかに山を活用しながら生きてきたかを、集落がダム建設によって閉村するまで、四年間にわたって記録したものである。
   深い雪におおわれる冬には、ウサギなどの小動物を罠で捕ったり、熊狩りをする。春は山菜取り、特にゼンマイ採りは家族総出で、山に小屋掛けしてひと月ぐらい働く。そして田植え。夏は焼畑の季節であり、川ではイワナやマスを捕る。秋は木の実ときのこ採り。こういった四季を通じた営みが記録されている。
   中でも、山のゼンマイ小屋で、親の手伝いをする子どもたちの生き生きとした表情が印象的だ。飼っている猫や犬も一緒に、家族全員が一時的に山で暮らす。中学生のお兄ちゃんは、親が山に出かけている間に、自分たちの食事の用意をし、小学生の妹と一緒に採ってきたぜんまいを茹で、それを揉んで水を絞り、広げて干すといった作業をする。子どもも年寄りも大切な働き手である。このゼンマイは、一家の貴重な収入源となる。
 もうひとつ、ここに最も感動的な場面がある。奥三面はかつて「マタギの里」として知られ、独特の狩猟文化が伝えられ、その一つとして昔からの狩猟衣が残されている。木綿の上衣、麻の山袴、その上に動物の毛皮とスゲの蓑と笠というもので、これらを身につけるとき下着はつけない。汗をかくと下着が凍って、猟師の動きを鈍らせることが命取りになりかねない。この衣装を、試しに村人に着てもらったところ、思いがけないことを村人が言い出した。これを着て山を歩いてみたいと。狩のためではない、山仕事のためでもなく、ただ祖先の使った狩猟衣をつけ、祖先がやったようにやってみたいというのだ。
 長柄の槍で斜面の深い雪をそぎ落としながら登る。かつては、村の若い者が先頭を歩き、精が尽きるとそのまま横に倒れる。すると次を歩く者がその体を乗り越え、先頭に立って雪を漕ぐ。経験深い年長の者は、一番後ろを歩いたという。
   映画では三人の村の男たちが、ひたすら雪の山を歩く。その姿に村人の言葉が重なって流れる。「山、山、山…。幾多の恩恵、心の支え…おれには山しかねえな、山の暮らししかねえなあ」と。祖先から伝えられた知恵を敬い、山に教えられ、山と共に暮らしてきた村は、その後ダムの湖底に沈んだ。


   この映画の上映会を企画した時は、同じ山国に暮らす私たちが、これまでに失ってきたものはなんだったのだろう、そして今、失いつつあるものはなんなのか、それを確かめたいという気持がはたらいていた。しかし、それが地震とその後の上映会を経て、自分の中で変わってきた。考えるのは、「今あるもの」の中でどう生きていくのかということ。
 便利を求め、利潤を求め、豊かさを求めた先が、今ほころびをきたしている。人間が築いてきた文明とは、自然の力の前になんと無力だったことだろう。本当の豊かさとはなんだったのだろう。そう考えた時に、今回の映画のもたらす意味は大きい。
 あらためて、山国に暮らす私たちは、なんと豊かな土地に住んでいたことかと思わずにいられない。
 自然の恩恵を生かして生活する。これは村の歴史を振り返ってみても、簡単でないことはわかる。人は汗と土とほこりにまみれて、きびしい労働を重ねてきた。時には、災害や獣害で努力が無に帰すこともある。しかし、それでも技術と経験を積んで、知恵をたくわえてきた。
   一つ例を挙げると、かつて村の中では、沢や川の流れを利用した水車(くるまや)が活躍していた。穀物の脱穀や精米やワラ打ちばかりでなく、製材や発電にまで利用されていた。各集落に必ずいくつもあったものである。これらの技術は現代の生活にも、改良の手を加えて活用できるものではないだろうかと考えている。他にも消えてしまった山国の文化の中には、現在でも役立つものがまだまだ隠されていると思うのだ。
   山に生かされ、その恩恵に感謝して暮らす、わたしたちの住む山国の文化を掘り起こしてみるのは、けっして無駄なこととは思わない。