ろくべん館だより

『達人の助言』


 世の中には、実にいろいろな達人がいるものである。
 そして、大鹿を観光で訪れる方々の中にも、意外な達人が混じっているものだ。
 「あの村田式火縄銃とある銃は、火縄銃ではありません」。
 えっ?と聞き返してみると、「火縄銃というのに、火縄がないでしょう」ああ、確かに確かに。「それに、火縄銃には撃鉄はありません」ごもっとも。では、なんと言えば・・・・「あれは、管打ち式銃です」。
 これは九月末に館を訪れたお客様との会話。こんなスパイスをかけられると、こちらの好奇心も俄然刺激される。嫌がられない程度に、根掘り葉掘りの質問を繰り出すこととなる。結果、房総半島からみえたこの方は、古式砲術の遣い手と判明した。
 数日後には、地元で開かれる『南総里見まつり』で火縄銃の空砲演武に参加されるとのこと。大将役の甲冑に身を包み、七kgの重さの火縄銃を担いでの武者行列と演武。待ち時間も長く、ずっと立ち詰めで、老人には重労働とおっしゃる。ご自分では『老人』とおっしゃるが、少し前まではヨットを持ち、スキー・スノーボードを愛好し、古式砲術だけではなく現代の射撃もこなし、全国各地に旅をする。七十歳を少し過ぎたところというが、実に若々しい。古式銃の演武というと、全国各地のまつりに呼ばれるそうである。大震災で開催が危ぶまれながらも敢行された、福島『相馬野馬追い』でも、五〇匁の大筒をぶっ放しておられる。
 自称ご老人のこの方を見る目は、ますます大きく開かれる。さらにわかった事実は、山岳修行を積んだ羽黒山伏だということ。ははあ、と頭が下がるのみであった。


 館には、ほかにもいろいろな専門家がみえる。長く消防の仕事に携わり、消防の歴史に詳しい方からは、『竜吐水(りゅうとすい)』についてご指南いただいた。館で竜吐水として展示してあるものは、実は『水鉄砲』であること。江戸時代から火消しの道具として使われた竜吐水は、もっと大きな箱型で、二人で取っ手を交互に下げることで水を飛ばす、移動式のポンプ車のことだと教えていただいた。
 糸車をご覧になった方が、撚りの強い糸で布を織るとどうなるか?撚りの方向の違う糸を組み合わせて布を織るとどうなるか?と質問されたことがあった。伸縮性のある布になる、シボができる、と曖昧に答えていたら、質問をされた方は縮緬(ちりめん)を織る工場を営む人だった。
 福井県の博物館の学芸員だという方は、『天目台』についての小講義をしてくださった。
 千曲市からお出での方に、あそこには長野県立歴史館がありますね、と話を向けたところ、「そこで仕事をしています」という答えが返ってきて驚いたことがあった。考古学を専門とする学芸員さんだった。
 名古屋の大学で数学を教えているという方は、「前にここで見た手動の計算機を、もう一度見に来ました」と、わざわざそのために再訪された。


   資料館というのはおもしろいもので、普通の人からみればガラクタの展示。しかしある人にとっては、興味をひかれる「光を放つガラクタ」と化す。その宝と化した展示物について、それぞれのエキスパートから聞く話は実に興味深い。ありがたいことである。
 しかし、館の展示物のほとんどは、この村の人々が使いこなしてきた道具である。いわば、これらの達人は村の中に大勢いるということだ。これまでも機織りの達人からは、おもしろい話をたくさん聞かせていただいている。願わくは、村の達人たちの助言を、これからもできるかぎり聞かせていただきたいものだと思っている。