ろくべん館だより

『観光のゆくえ』


 新潟からの帰途、長野県と境を接する町にある温泉に寄り道をした。
 山奥の渓流沿いに、石積みで浴槽を設えた河原の露天風呂である。そんな場所だから、大雨が降ると土砂に埋もれてしまうこともある。実際、今回訪ねたときも、温泉の手前に架かる吊り橋は壊れて使えず、仮設の階段を下って谷底に架けられた橋を渡った。目的地に着くと、あるのは野天の浴槽と男女別のしきりのある小さな脱衣所のみ。まさに素朴というほかない温泉だ。
 しかし意外と人気のある温泉らしく、車を停めて15分ほど歩く山道で何組かとすれちがい、風呂にも常に入れ代り立ち代り人が入っていた。登山者にとって、山道の終点でこんな自然のままの温泉に浸かれるのは、最高の贅沢だろう。だが出会うのはリュックサックを背負った登山者ばかりではない。湯治目的なのか、足をやや引き摺りながら杖を手に歩く人。バイクでツーリングの途中に立ち寄ったというふうな若者。老若男女、実にさまざまであった。
 山道で出会う人をみると、このひなびた露天風呂はやはり人を引き付ける魅力のあることがわかるのだが、そこに辿り着く手前にある温泉街は、まったく閑散としてさびれていた。10軒ほどある旅館のうち半分以上が閉鎖され、数軒ある土産物屋にも人の姿はなかった。露天風呂に向かう人は、この温泉街をほとんど素通りするようだ。しかし、これで驚くのは早かった。
 周辺には昭和12年に開発が始まったという温泉をはじめ、いくつも温泉が近接している。上高地に続く山岳リゾート開発の草分けといえる土地だった。戦前からの開発もあったが、おそらくは経済成長期の好景気とスキーブームに便乗して旅館、ホテル、スキー場、ゴルフ場の建設ラッシュを迎え賑わった時期があったのだろう。
 ひなびた河原の温泉からの帰り道、この大規模な温泉スキーリゾート街を通り過ぎた。すでに営業を止めてしまったと見える棟がいくつもあるのは、先の温泉街と同じなのだが、こちらはまるで規模がちがった。ホテルなどの建造物も巨大なら、軒数も桁違い。シーズンオフというせいもあるが、まるでゴーストタウンを走っているような気がした。魂の抜けた色褪せた建物群は、幽霊屋敷みたいだった。『観光の墓場』という言葉が頭に浮かび、寒々とした気分になった。
 一時期盛んに大規模な森林伐採とリゾート開発をしてきたところは、時の流れとともに古びさびれてきた。現代の若者はレジャーにあまりお金も労力も使わなくなっているように思う。スキーに行くにしても、新幹線を使えば東京から越後湯沢まで日帰りができる。温泉にしても日帰り入浴の施設があちこちに造られている。若者ばかりでなく中高年の人たちでも、各地の「道の駅《の駐車場を利用して車中泊しながら旅をする人が増えているようだ。
 経済成長の終焉とともに、湯水のようにお金を使う時代は終わった。これまでが異常だったと思うのだ。開発の後に残された施設を維持していくのは、その規模が大きいほど困難が増す。ひるがえって、わが村がこれまで大規模な開発と縁のなかったことを幸いと思うのは私だけだろうか。


 開発と縁がなかったと書いたが、昭和41年の公民館報にこんな記事を見つけた。「いよいよ観光開発本格化へ*南アの上高地も可能《とある。世の中が開発や金儲けに沸き立っていた時代に、やはりこんな話が村でも持ち上がっていたのだ。「小渋ダムを上高地の大正池とし、塩湯、小渋湯、信濃宮をはじめ吊所旧跡景勝地を結んで赤石、塩見に至る大観光ルートの開発《云々とある。
 それに対するアンケートが実施され、同じく館報に掲載されていた。「大鹿村は有形無形の観光資源を持っている。そしてこれらは村民が最も愛する資産であって、保護に努めるべきことは言を待たない。態勢づくりが上備のままに観光事業を行うことは、村の将来に重大な危険をもたらすものであり、方針なくして観光を論ずることは人生の浪費であろう《「一番考えなければならないことは業者だけの利益を考えすぎて、周囲の住民のことを忘れてしまうことであると思う《「現在の観光というのはあまりにも利益中心に考えすぎるような気がする。本来の観光の目的であるべき姿を忘れている《などの意見がある。
 アンケートの結果は賛否両論だが、概ね外からの資本が流入することを危惧し、大規模に土地を売ることは反対、村の景観や史跡に手を加えることより保護を、という意見が共通しているようにみえる。今となっては先人たちの選択してきたことに感謝してもよいのではないだろうか。「最も美しい村《も「日本の原風景《も、あの時代の選択によっては残らなかったかもしれないのだから。
 めまぐるしく変化していく世の流れの中で、『変わらない』ことの価値を考える。ともすれば時代に乗り遅れ、利益を逃し、活気を失ったと思われていたことが、実は大切なものが守られてきたのだ、とも考えられるのではないだろうか。温泉宿や土産物店は素通りしても河原のひなびた温泉を人が目指すように、確かに時代は変わった。


 観光開発の記事の中に、もう一つこんな項目があった。
 なるか甲飯鉄道 ― こうした一連の開発計画と共に、現在、飯田市・山梨県を中心に甲飯鉄道の建設計画が検討されている。構想によると飯田―鹿塩―塩見岳(トンネル)―甲府を50㌔の短距離で結ぼうというもので、これが実現すれば、数年後に飽和点に達する東海道線に代わる新しい輸送路として脚光を浴び、当村の今後の観光開発計画を大きく左右するものと期待される。(昭和41・11・10)