中央構造線露頭

砥部「衝上断層」露頭(国天然記念物)

愛媛県伊予郡砥部(とべ)町岩谷口
松山市駅から南へ10kmにある露頭。松山市駅から「砥部断層口」行きのバスが出ています。1938年に国の天然記念物に指定されています。


砥部川東岸に露出している部分。1999年4月25日撮影。
Iz:和泉層群(おもに砂岩)、(Iz):和泉層群の破砕岩、An:「安山岩脈」、赤矢印:断層、Km:久万層群明神層


西岸にある説明板


西岸側の断層面(ハンマーの位置)、下盤:久万層群明神層(れき岩)、上盤:いわゆる「安山岩脈」

断層面は、内帯側へゆるく傾斜しています。45°よりも水平に近い角度でのし上げた逆断層を「衝上(しょうじょう)断層」といいます。

北側は、領家変成帯をおおって、白亜紀末に堆積した和泉層群です。断層付近は破砕岩になっています。

南側は久万(くま)層群明神層です。久万層群は、三波川変成帯と和泉層群を覆って堆積した地層です。久万層群下部の二名層はおもに三波川変成岩のれき、上部の明神層はおもに領家花崗岩や和泉層群の砂れきからなる堆積岩です。久万層群は、約4000万年前の古第三紀始新世に堆積したとされていました。

中間の淡褐色の部分は、断層に沿って入り込んだ安山岩脈だとされてきました。

この露頭では、和泉層群が、久万層群にのし上げた形になっています。別の場所で、久万層群の一部が和泉層群をおおっています。つまり古い和泉層群が、その上の新しい久万層群にのしあげた「逆断層」です。そこで、久万層群が堆積したと考えられた第三紀始新世以後に、中央構造線の逆断層再活動があったことを示す証拠となる露頭とされてきました。この和泉層群が、久万層群にのし上げた再活動を「砥部時階」といいます。

近年、久万層群上部の明神層については、新第三紀中新世の微化石が発見され、凝灰岩層から1600万年前という年代が得られ、新第三紀中新世の地層である可能性が高くなりました。したがって、砥部時階の年代の見直しが必要になってきました。一方、断層付近の「安山岩脈」とされた岩石は、三波川変成岩が断層運動により引きずり上げられた、のちに熱水変質を受けたものであることが明らかになりました。

また、明神層と「安山岩脈」との間の断層ガウジ(浅部で形成され、固まっていない粉砕物)が、正断層(引っ張られて落ち込む動き)の痕跡を残していることが分かりました。その断層ガウジから1500万年前の放射年代が得られています。この年代は断層運動にともなう熱水の活動によるもので、熱水変質も、このときのものであると考えられます。
⇒放射年代

1500〜1200万年前には、南北方向の引っ張りによる、石鎚火山岩の噴出や多数の岩脈の貫入があったことが知られています。そこで、1500〜1200万年前の南北の引っ張りと岩脈の貫入の時期を「石鎚時階」と呼ぶことが提案されています。もし、南北圧縮により、和泉層群が久万層群明神層にのし上げた「砥部時階」が、明神層堆積直後の新第三紀中新世だとすれば、100万年よりも短い時間のうちに、南北圧縮から南北伸張に、力の向きが変わったことになります。


断層露頭から南へ約100メートルさかのぼった河床に、明神層と三波川変成岩の境界が出ています。ハンマーの右上が明神層、左下が三波川変成岩です。三波川変成岩は角れき化しています。

文献
鹿島愛彦・武智賢樹(1996) 『四国、久万層群凝灰岩のFT年代とその地史的意義』日本地質学会第103年学術大会講演要旨p132。
柴田 賢・中島 隆・寒川 旭・内海 茂・青山秀喜(1989) 『四国における中央構造線の断層ガウジのK-Ar年代』地質調査所月報第40巻p661-671。
高木秀雄・竹下 徹・柴田 賢・内海 茂・井上 良(1992) 『四国西部、砥部衝上断層における中新世中期の正断層運動』地質学雑誌第98巻p1069-1072。


湯谷口露頭(愛媛県天然記念物)

愛媛県西条市丹原町湯谷口
伊予小松駅から南西へ10kmにある露頭。1949年に愛媛県により天然記念物に指定。松山市と新居浜を結ぶ国道11号線の道沿い北側に説明板があります。そのすぐ北側の中山川の河床に露出しています。


中山川北西岸に露出している部分。2005年3月8日撮影
Sb:三波川変成岩、An:安山岩脈、Iz:和泉層群


中山川南東岸に露出している部分を下流から上流へ向かって撮影
和泉層群の下面に貫入した安山岩脈と和泉層群の境界面はうねっていて、和泉層群(Iz)の下から安山岩脈が顔を出しています(画面左下のAn)。奥に見える橋は、松山自動車道の中山川橋。西条市教育委員会の今井さんが、案内してくださいました。


カタクレーサイト(破砕岩)化した和泉層群。
この部分は、左横ずれ、または正断層のように見えます。

断層面の傾きは、砥部の露頭と同じように、内帯側へゆるく傾斜しています。露頭全体のみかけとしては、和泉層群が低下した正断層で、断層面に沿って入った安山岩脈が目立ちます。カタクレーサイト(破砕岩)の放射年代として6000万年前、安山岩の放射年代として2000万年前という年代が得られています。カタクレーサイト(破砕岩)や断層ガウジ(浅所で変形を受けてできた固まっていない破砕物)には、逆断層と正断層の痕跡があるとされています。

1941年に、小林貞一により、中央構造線のおもな活動として、鹿塩時階、市ノ川時階、砥部時階、菖蒲谷時階が提唱され、鹿塩マイロナイトがつくられた鹿塩時階が中央構造線の最古期の活動と考えられたことは、前節で述べました。

市ノ川時階は白亜紀末期の和泉層群堆積後に和泉層群が三波川帯にのし上げた活動、砥部時階は久万層群明神層に和泉層群がのし上げた活動、菖蒲谷時階は新第三紀末〜第四紀前期の大阪層群菖蒲谷層(紀ノ川沿い)に和泉層群や三波川変成岩がのし上げた活動とされました。近年、これらのほかに、赤石山脈地域の中央構造線が赤石構造線とともに左横ずれした赤石時階(新第三紀の2700万〜1500万年前)と、四国を中心に正断層活動とともに岩脈が入り込んだ石鎚時階(1500万〜1200万年前)が提唱されています。

湯谷口露頭で得られた、古第三紀初めの6000万年前という放射年代は、市ノ川時階のものとされています。四国北西部には石鎚時階の岩脈がたくさん見られます。しかし、この露頭の安山岩脈の2000万年前という放射年代が正しいとすると、例外的に古く、石鎚時階とはうまく合っていません。


活断層としての中央構造線
中央構造線に沿って、新しい時代にできた地形や地層をくいちがわせている断層を、「中央構造線活断層系」または「活断層としての中央構造線」といいます。はじめから地震評価だけを目的としている国の 地震調査研究推進本部は「中央構造線断層帯」と呼んでいますが、その場合は活断層以外の、地質境界としての中央構造線をはじめ過去の時階の露頭は評価対象ではありません。

湯谷口露頭から真北に約100メートルに、活断層が並走しています。川岸の露頭から小さな丘をこえると宝が池のため池があります。丘とため池のあいだの小斜面が、活断層とされている地形です。丘の側が上がり、ため池側が下がったとされています。この画像は、ため池のダム堤から活断層の延長方向(赤線)を写したものです。右側の竹やぶがある小丘をこえた反対側の川岸に露頭があります。

文献
岸 家光・原 郁夫・塩田次男(1996) 『市ノ川時階〜砥部時階における中央構造線に沿う浅所岩石の変形様式−愛媛県丹原町湯谷口の例、テクトニクスと変成作用(原 郁夫先生退官記念論文集)』p227-232創文。
水野清秀・岡田篤正・寒川 旭・清水文健(1993) 『2.5万分の1中央構造線活断層系(四国地域)ストリップマップ』地質調査所。
高木秀雄・柴田 賢(1992) 『断層ガウジのK-Ar測定−中央構造線における例』地質学論集第40号p31-38。


月出露頭(国天然記念物)

三重県松阪市飯高町月出
国道166号線の奈良三重県境の高見峠から、直線距離で東北東へ約10km。松阪市桑原の国道から北へ分岐する林道を4kmほどたどったワサビ谷に露出しています。2002年に国の天然記念物に指定されました。


幅50m×高さ80mの中央構造線の最大露頭。1999年10月13日撮影。


露頭左側の灰色部分は領家変成帯の花崗岩類が断層深部で変形したマイロナイト。地質境界に接する幅3〜5m(淡褐色部)は、浅部上昇後に再び変形を受けてカタクレーサイト(破砕岩)になっています。右側は三波川変成帯の黒色片岩が変形したカタクレーサイト(破砕岩)です。地質境界のごく近くは、断層ガウジ(固まっていない粉砕物)〜断層角れき(固まっていない破砕岩片)が見られます。


露頭最下部のワサビ谷の川底に露出している、断層ガウジ。
Ry:領家変成帯、Sb:三波川変成帯。左横ずれが読み取れます。

和歌山より西では、領家変成帯は和泉層群におおわれていました。この三重県の月出露頭は、領家変成帯の花崗岩を原岩とする断層岩と、三波川変成帯の黒色片岩を原岩とする断層岩が、直接接しています。領家変成帯と三波川変成帯の地質境界である中央構造線の基本的な姿が見られる大露頭として、2002年に国の天然記念物に指定されました。

文献
島田耕史・高木秀雄・諏訪兼位・林田守生(1999) 『紀伊半島の中央構造線と領家帯の変形』日本地質学会第106年学術大会見学旅行案内書p141-162。
諏訪兼位・宮川邦彦・水谷総助・林田守生・大岩義治(1997) 『紀伊半島中部、中央構造線の大露頭:月出露頭(三重県飯南飯高町月出ワサビ谷)』地質学雑誌第103巻第11号口絵。


青崩峠露頭

長野県下伊那郡南信濃村八重河内南方
国道152号線の静岡県長野県境の青崩峠は車道としては未完成です。遊歩道として整備された歩道を信州側から登っていくと、最初の大きな沢を歩道が渡る地点から沢を上流へたどると、エン提の北側の袖に露出しています。


2004年7月28日撮影
My:花崗岩を原岩とするマイロナイト(変質)、Cs:原岩不明のカタクレーサイト、Lm:カタクレーサイト中の石灰岩、青線:カタクレーサイトにみられる西傾斜の縞状構造、Fg:断層ガウジ帯(断層ガウジと断層角れき)、赤線:断層ガウジ帯両側の境界、Mg:角れき化した細粒斑れい岩、

左(西)端の淡緑灰色〜暗灰色の岩石(My)は、花崗岩が断層深部で変形したマイロナイトです。マイロナイトに含まれる微細な黒雲母が変質して緑泥石に変わると、全体として淡緑色を帯びます。

その右側の黒っぽい部分(Cs)は、領家変成帯側のカタクレーサイト(破砕岩)帯です。角れき状の石灰岩(Lm)がふくまれ、堆積岩を原岩とする変成岩が破砕されたものであると思われます。このカタクレーサイト帯には、西の内帯側へ傾斜した縞状の構造がみられます。いまは埋まっている下方でも、調査時には縞状構造(青線)がよく見えました。このようなカタクレーサイトは、赤石山脈の中央構造線の領家変成帯側によく見られますが、正体は不明です。

右(東)側は三波川変成帯の、みかぶ緑色岩体の細粒斑れい岩(Mg)です。断層付近は角れき化しています。上流へ向かって50mほど連続し、断層で切られています。その上流には、石英斑岩が分布しています。露頭付近の沢にも白っぽい石英斑岩のれきがたくさんみられます。

この露頭では、領家変成帯側のカタクレーサイト帯が黒っぽく、三波川変成帯側の細粒はんれい岩が風化して赤みを帯びています。そのため「領家変成帯=赤、三波川変成帯=黒または緑」という先入観で見ると、逆に見えます。原岩と風化により色合いは変わるので、色合いはあてになりません。

領家変成帯側のカタクレーサイト(Cs)と三波川変成帯側の細粒斑れい岩(Mg)の間は、幅1mほどの断層ガウジ(固結していない粉砕物)と断層角れき(固結していない破砕岩片)がまざったガウジ帯(Fg)になっています。これが地質境界になっています。破砕帯の中には、両方の岩片が混ざっているように見えます。

領家変成帯側のカタクレーサイトの縞状構造は、ガウジ帯により引きずり上げられています。つまり、領家変成帯側のカタクレーサイトに見られる西に傾斜する縞状構造をつくった断層活動の後で、三波川変成帯の細粒斑れい岩が、東傾斜の逆断層でのし上げたことが分かります。

文献
山本啓司・松島信幸・河本和朗・大河内篤史(1997) 『赤石山地の中央構造線における東側上方変位の逆断層運動』地質学雑誌第103巻第9号p912-915


安康露頭

長野県下伊那郡大鹿村大河原安康
国道152号線の上村大鹿村境の地蔵峠から大鹿側に下ったところの、青木川東岸に露出しています。国道が安康沢を渡る橋の東側のらんかんに「安康露頭」の標識があります。安康沢北岸の崖のへりの幅50cmほどの歩道をたどって2分ほど下ると、青木川本流の対岸に露出しています。

領家変成帯と三波川変成帯の岩石が直接接しています。左側の淡褐色の岩石は領家変成帯の花崗岩類がいろいろな深さでくりかえし変形を受けた破砕岩です。一部は淡緑色に変質していて、もとの岩が苦鉄質だった可能性があります。右側の緑色の岩石は三波川変成帯の緑色岩または緑色片岩です。その左端の黒色片状の岩石は泥質(黒色)片岩で、その左端が領家変成帯の岩石との境界です。

領家変成帯側に、新第三紀の赤石時階と考えられる暗色の変質カタクレーサイト帯が2列見られ、さらにそれらを切って東から西へのし上げる逆断層がみられます。

⇒安康露頭のマップ

文献
松島信幸(1993) 『南アルプスの中央構造線』断層研究資料センター・伊那谷自然友の会・大鹿村中央構造線博物館
松島信幸(1994) 『赤石山地の中央構造線に対する新しい見方』飯田市美術博物館研究紀要第4号p113-124。
田中秀実・高木秀雄・井上 良(1996) 『中部地方中央構造線に伴う断層破砕岩類の変形・変質様式と断層活動史』構造地質第41号p31-44、構造地質研究会。


城の腰の小露頭

長野県下伊那郡大鹿村大河原下青木
国道152号線の大鹿村中央構造線博物館入口から地蔵峠方面へ600mの国道南側に入口の標識があります。博物館から歩いて行けます。

⇒城の腰の小露頭の説明


北川露頭

長野県下伊那郡大鹿村鹿塩北川
国道152号線の分杭峠から南へ3km。国道の西側に駐車場があります。歩いて2分の鹿塩川北東岸に露出しています。

領家変成帯と三波川変成帯の岩石が直接接しています。領家変成帯側の淡褐色部分は花崗岩源マイロナイトを原岩とするカタクレーサイトです。三波川変成帯側はおもに緑色片岩を原岩とするカタクレーサイトです。新第三紀の赤石時階と考えられる断層ガウジ帯が地質境界になっています。この断層ガウジ帯から、1240万年前±70万年の放射年代(細粒物質のカリウム/アルゴン全岩年代)が得られていますが、熱水の上昇によるリセットの年代だと考えられます。断層ガウジ帯を切って、東から西のし上げる逆断層がみられます。それらの逆断層を切る垂直に近い断層が、ガウジ帯の中にみられます。って

⇒北川露頭の説明

文献
松島信幸(1993) 『南アルプスの中央構造線』断層研究資料センター・伊那谷自然友の会・大鹿村中央構造線博物館
松島信幸(1994) 『赤石山地の中央構造線に対する新しい見方』飯田市美術博物館研究紀要第4号p113-124。
高木秀雄・柴田 賢・内海 茂(1991) 『中部地方における中央構造線の断層ガウジとフェルサイト岩脈のK-Ar年代』地質学雑誌第97巻第5号p377-384。
田中秀実・高木秀雄・井上 良(1996) 『中部地方中央構造線に伴う断層破砕岩類の変形・変質様式と断層活動史』構造地質第41号p31-44、構造地質研究会。


溝口露頭

長野県上伊那郡長谷村溝口
長谷村役場がある溝口地区の、美和ダム湖に突き出した半島に露出しています。国道152号線からの入口に「美和ダム湖散策公園・中央構造線観察路入口」という標識があります。


溝口露頭
My:花崗岩源マイロナイトを原岩とするカタクレーサイト、Cs:変成岩源カタクレーサイト、Fs:珪長質岩脈、Bs:点紋黒色片岩を原岩とするカタクレーサイト、Fg:断層ガウジ、Sbc:珪質黒色片岩を原岩とするカタクレーサイト

この露頭では、地質境界に沿って珪長質岩脈が貫入しています。珪長質岩脈の両側は断層で、両側の変成岩と接しています。この岩脈からは約1500万年前の放射年代(カリウム/アルゴン全岩年代)が得られています。なお半島北側の岩脈からは約1200万年前の放射年代が得られています。

この露頭では、三波川変成帯の内部にも断層ガウジ帯があります。中央構造線に近い側は、顕微鏡下では炭質物を含んだ黒い曹長石斑晶をふくむ黒色点紋片岩を原岩とするカタクレーサイトです。断層ガウジ帯の東側は、点紋をふくまない珪質黒色片岩を原岩とするカタクレーサイトです。

珪長質岩脈のすぐ西側は、変成岩を原岩とするカタクレーサイトです。顕微鏡下では白雲母がみられます。マイロナイト化の履歴は不明です。その西側には、花崗岩源マイロナイトを原岩とするカタクレーサイトがあります。変成岩源カタクレーサイトとの境界は入り組んでいて、どちらか判定できない部分もあります。

この露頭では、地質境界付近には青崩峠〜北川のような東から西へのし上げる逆断層群はみられませんが、珪長質岩脈西縁の断層から分岐して、変成岩源カタクレーサイトを切ってマイロナイト源カタクレーサイトとの境界へ続く、東傾斜の断層がみられます。

文献
高木秀雄・柴田 賢・内海 茂(1991) 『中部地方における中央構造線の断層ガウジとフェルサイト岩脈のK-Ar年代』地質学雑誌第97巻第5号p377-384。


板山露頭

長野県上伊那郡高遠町長藤
高遠町の市街地から国道152号線を約4km、山室への分岐点の200mほど手前に東へ入る標識があります。露頭への道沿いに標識があり、正法寺裏の駐車場のすぐ上に露頭があります。


国道沿いの標識


露頭付近のマップ


マップA地点の露頭。2004年6月23日撮影。

マップに示した走向と傾斜は、ハンマーの位置でのものです。5万分の1地質図幅『高遠地域の地質』に記載された走向・傾斜とすこしちがいますが、『高遠地域の地質』では、露頭の上方で測ったものと思われます。

領家変成帯側は、花崗岩が深部で変形したマイロナイトを原岩とするカタクレーサイトです。三波川変成帯側は、黒色片岩を原岩とするカタクレーサイトです。地質境界付近は、幅20cm〜数10cmの断層ガウジになっています。

現在の断層面はほぼ垂直ですが、右側の三波川変成岩の断層沿いは、領家変成帯側の上昇にひきずられたようなみかけになっています。ハンマーの位置で、少し掘り込んで水平面を見たところ、左横ずれに引きずられたような跡がありました。したがって領家変成帯の側が、三波川変成帯にたいし、奥へずれながら上昇していった動きが読み取れます。これは、『高遠地域の地質』に記されている、断層面の条線(断層のずれが残した傷)の向きとも合っています。

この露頭の断層ガウジから、約2100万年前の放射年代(カリウム−アルゴン年代)が得られています。2700万年〜1500万年前の年代は、赤石構造線と結んだ左横ずれの活動と考えられています。
⇒日本海の拡大と赤石構造線・赤石時階


マップB地点から断層線谷の遠望む。2004年1月26日撮影。

中央構造線の破砕帯に沿って藤沢川が侵食しています。領家変成帯の硬いマイロナイト側の斜面が急傾斜なのにたいし、地すべりをおこしやすい三波川変成岩の側は斜面がなだらかです。正面の尾根は第四紀はじめの塩嶺火山噴出物におおわれており、中央構造線の破砕帯がおおわれているため、侵食がはたらかず谷ができていません。

奥の守屋山は、新第三紀層の山です。糸魚川−静岡構造線の西側にもかかわらず、フォッサマグナの地層におおわれています。

文献
牧本博・高木秀雄・宮地良典・中野 俊・加藤碵ー・吉岡敏和(1996) 地域地質研究報告5万分の1地質図幅『高遠地域の地質』通産省地質調査所。
高木秀雄・柴田 賢・内海 茂(1991) 『中部地方における中央構造線の断層ガウジとフェルサイト岩脈のK-Ar年代』地質学雑誌第97巻第5号p377-384。


下仁田町川井の露頭

群馬県甘楽郡下仁田町
上信電鉄下仁田駅から西へ700m、西牧(さいもく)川を渡った善福寺下の河床に露出しています。説明板とポストがあり、ポストには解説チラシが入っていました。


下仁田自然学校運営委員会作成チラシ掲載のルートマップ


西牧川東岸から西岸を望む。2002年9月撮影。

川底を中央構造線が通っています。手前は新第三紀富岡層群、対岸は三波川変成帯みかぶ緑色岩。


富岡層群のカキ化石。
内帯側は新第三紀の富岡層群の中〜粗粒砂岩です。堆積物に三波川変成帯の岩片はふくまれず、領家変成帯の上に堆積した地層です。北方1kmには、花崗岩が露出しています。


西岸の露頭。平井節夫さん撮影。
断層ガウジ帯を切る最新の断層は、1万3千年前より新しい段丘れき層を食いちがわせている活断層です。

文献
小林健太・新井宏嘉(2002) 『日本地質学会第109年学術大会見学旅行案内書』p86-107。